アメリカ人は頭文字が好きです。
JFKならジョン・F・ケネディ。KFCはケンタッキーフライドチキン。YMOはイエロー・マジック・オーケストラ(それは日本か)。なんでも頭文字にする。
抗がん剤も頭文字であらわします。
いろいろな呼び方があってめんどうくさいですね。あなたがサイクロフォスファマイドといったときに医者がシクロフォスファミドといったからといって、赤面する必要はまったくありません。でもこうした煩わしさを解消するために頭文字を使うのです。
がんはどの抗がん剤が効くかはわからないので、いくつかの抗がん剤を組み合わせて、効果の増強と副作用の減少を図ります。これが多剤併用療法で、抗がん剤の頭文字を並べてCMF療法、CAF療法、CEF療法、AC療法、FAC療法、FEC療法、TC療法のように表現します。多くの場合は点滴で投与します。
抗がん剤は身体のダメージが大きいので、休みを取りながら一定間隔で繰り返します。この間隔が短いと身体が回復しませんし、長すぎるとがんが息を吹き返す可能性があるので、適切な間隔が決められています。休薬期間も含めた1回分の治療を1「クール」または1「サイクル」と呼びます。AC療法、FAC療法、FEC療法ならば3週に1回の投与が1クールです。
がん撲滅は人類の永遠のテーマです。そのためさまざまな抗がん剤が開発され、いろいろな組み合わせで試され、それぞれの効果が研究発表されてきました。
1970年代には、CMF療法が生まれました。乳がんの患者さんにC、M、Fの組み合わせで点滴をすると生存率が高くなることが証明され標準治療となりました。CMFは4週ごと6クール(6カ月間)やれば十分なこともわかりました。
80年代半ばになって、3週ごと4クールのAC療法はCMF療法と同じ効果であることが証明されて、CMF療法と並ぶ標準治療となりました。
その後、AやEの入った治療(CAF・CEF・FAC・FEC療法)は、CMF療法よりも生存率が高くなることが証明されたので、98年以降はアントラサイクリン系の治療が推奨されています。
タキソールやタキソテールという新しい抗がん剤を、効果の証明されているAC療法に追加して使ってみたところ、生存率が向上しました。現在、リンパ節転移の数が多いなど、予後の悪い患者さんに関してはAC-T療法が行われるようになっています。
最近の傾向としては、CMF療法やAC療法はだんだん使われなくなってきて、アントラサイクリン系の治療、特にアメリカでは先述したACにタキサン系を加えた療法、ヨーロッパではFEC療法が中心に、日本ではこれらとTC療法が行われています。
抗がん剤治療のことを「化学療法」といいます。英語の「ケモテラピー」、格好つけると「キモセラピー」の翻訳です。
抗がん剤やホルモン療法、分子標的薬も含めた薬物療法全体のことを「補助療法」と呼びます。英語でいう「アジュバントテラピー」の訳で、効果を高める治療という意味です。
この抗がん剤担当医師のことを英語で「メディカルオンコロジスト」といいます。「オンコロジー」とは腫瘍学、がんの学問です。メディカルは医学とか内科という意味。つまり「腫瘍内科医」といいます。ときには内科医ではなく外科医が抗がん剤を使う場合もあります。このときは自分を「化学療法医」と呼びます。
皆さんが呼ぶときは「抗がん剤」や「抗がん剤の先生」で結構です。
乳房は女性ホルモンで成長するので、乳がんの約3分の2も女性ホルモンを栄養にして成長します。そのような乳がんはホルモンを取り込む受容体をもっています。これをホルモン受容体陽性といいます。そこでホルモン受容体陽性乳がんのうち、遠隔再発の危険性が高いものに対して次のようなホルモン療法が行われます。
地球上のあらゆる生物は生殖年齢が終了したら死ぬようにテロメアの長さが設定されています。しかし人間だけは子育てのために閉経後も生き続けるようになりました。その代償として得た苦しみが更年期障害です。
脳は自分の思い込みと異なることが生じるとパニックを起こします、たとえば、車の中で本を読んでいると乗り物酔いします。身体の平衡感覚は耳の三半規管と目の両方で保たれています。体の揺れと視覚の揺れにずれが生じると脳は混乱して吐き気を催すのです。
同じようにホルモン環境の変化によって脳が混乱して起きるのが、更年期障害なのです。閉経前のあなたの身体は女性ホルモンによってコントロールされています。しかし閉経後は副腎からの男性ホルモンに変わります。身体のホルモン環境は180度変化するのに、脳はそれについてこられず、女性ホルモンを出すように指令し続けるので身体は悲鳴をあげるのです。
閉経前女性にLHRHアゴニストと抗エストロゲン剤を投与すると、完全な閉経状態になります。また抗がん剤によっても多くの女性が閉経します。こうした急激な閉経は、徐々に女性ホルモンが減っていく自然閉経とくらべて、更年期症状が強く出やすいのです。
まず男性化するということはメタボ化するということです。増えた内臓脂肪がどんどん燃焼しますので、カーッとのぼせて、だくだく汗をかきます。顔色は黒ずんでいらいらします。心もアンバランスになって鬱になり不眠になります。
通常の更年期障害ならホルモン補充療法(頭文字でHRT)をします。しかしこれは乳がんに栄養を与えていることになるので危険です。昔から婦人薬とか血の道の薬といわれている漢方薬は、効く人には効きますが、合わない人もいます。鬱状態が強い人は抗鬱剤(SSRI)が有効という報告もあります。
ホルモン剤をかえてみるのもいいでしょう。ノルバデックス(タモキシフェン)、トレミフェン(フェアストン)、アナストロゾール(アリミデックス)、エキセメスタン(アロマシン)の4つの範囲で変更しても著しく効果が落ちることはありません。
子宮の内膜は月経のたびに増殖を繰り返しているのですから、テロメアは消耗します。つまりがんになりやすい場所です。にもかかわらず閉経前に子宮体がんが少ないのは、月経によって内膜ががん細胞ごと毎回リニューアルされるからです。
内分泌療法は月経を止めるのですから、がんが内膜に定着しやすくなります。しかし子宮体がんも女性ホルモンを栄養にするので、同時にがんの成長を止めていることになります。
そのため子宮体がんの発生率はたいして増えません。1万人に2人が16人になるといえば8倍になったと感じるかもしれませんが、増えたといっても1000人に1人か2人です。それに対して遠隔再発する人が3人いれば1人の命を救えるのです。
タモキシフェンによるホルモン療法中、子宮体がんの組織検査を勧める婦人科医もいます。これは子宮の中を小さなスプーンでこそぎ取る検査です。苦痛を伴いますので、症状がなければ腟の中から見る経腟超音波検査で十分です。子宮内膜が異常に厚くなっているときだけ、組織検査を受ければよいでしょう。
なお、抗エストロゲン剤(タモキシフェンやフェアストン)のほかの副作用には、静脈血栓症があります。足や肺の血管が詰まったりすることがまれにあるので、過去にそういう病気をしたことがある人には使用できません。
抗エストロゲン剤には次のような副産物もあります。
私ならホルモン治療の効く、比較的進行している乳がんには、5年ではなく10年の内服を勧めます。
乳がんは手術法によって生存率は変わらない、補助療法によってのみ変わる、ということは理解できましたね。それならば抗がん剤をなるべく早く、つまり手術の前に使ったほうが生存率が高くなるのではないかと思うのは当然です。そこでくじ引き試験が行われました。その結果、術前抗がん剤と術後抗がん剤で生存率は変わりませんでした。
ただがんが大きかったり、リンパ節転移が明らかな場合は、術前に抗がん剤をします。
がんや腫れていたリンパ節が小さくなるのを観察すれば、効いているかどうかの判定ができるからです。まったく効いていないかむしろ大きくなるようなときはほかの抗がん剤に変えることもできます。全摘といわれていたのに、がんが小さくなったおかげで温存が可能になることもあります。
しかし、リンパ節転移があるといわれても実際に取ってみたら27%の人には転移がなかったという報告もあります。がんが大きくても、取ってみたらすごくおとなしいがんだったということもあります。その場合、術前の抗がん剤はやりすぎということになります。
温存療法を受けたくて術前抗がん剤をしても小さくならないときもありますし、小さくはなったけれどあちこちに散らばっていて、結局は全摘となることもよくあります。
できれば抗がん剤を使いたくないと思っているなら、まず手術をして病理結果の総合判定を見てから決めてもいいでしょう。
術前と術後で抗がん剤の種類を変えたほうがいいかという問いには、ほとんどの医師が変える必要はないと答えています。
術前抗がん剤ではなく術前ホルモン療法ではだめかと、聞かれることもあります。ホルモン療法の効くタイプなら抗がん剤と同等の効果があるはずだからです。しかしホルモン療法は効果があらわれるまで時間がかかるので一般的ではありません。ただし手術まで相当待たされるときは安心のために飲んでおいてもいいかもしれません。
がんはテロメアの複製酵素テロメラーゼをもった永遠の修復細胞だといいましたね。抗がん剤はその細胞分裂を止める薬です。もちろんがんにいちばんよく効きますが、身体のほかの部分でも細胞分裂が盛んな組織は障害を受けます。
皮膚のやけどは治るのに数週間かかりますが、口の粘膜は熱い味噌汁でやけどをしても、翌日にはほとんど治っていますよね。つまり消化管の粘膜は細胞分裂が盛んなのです。したがって抗がん剤の副作用も出やすい。消化管が障害を受けると吐き気や下痢、食欲不振が起きます。吐き気の予防には制吐剤と呼ばれる薬(5-HT3受容体拮抗剤)とステロイド剤の併用が効果的です。
男は1日ひげをそらないと無精ひげでむさ苦しくなります。つまり髪の毛や眉毛、まつ毛といった体毛も細胞分裂が盛んです。毛根が障害されると、脱毛が起きます。特にAやEといったアントラサイクリン系の薬は100%抜けます。治療が終了すれば回復しますので、それまでの間ヘアウイッグ(かつら)やバンダナなどをうまく利用するといいでしょう。まつ毛が生えてきたら「ラティース」という薬を塗ると早く伸びます。
血液をつくる骨髄も障害を受けます。血液は酸素を運ぶ赤血球、バイ菌をやっつける白血球、血を止める血小板からできています。赤血球が減ると貧血になります。立ちくらみに注意しましょう。血も止まりにくくなりますので抜歯をするのはあとにしましょう。何より白血球が減ると免疫力が落ちて風邪をひきやすくなったり、傷が化膿しやすくなったりします。そこで白血球を増やす薬(G-CSF製剤)や細菌を退治する抗生物質が用いられます。
卵巣も細胞分裂が盛んです。そのため抗がん剤で閉経することがあります。特にC、つまりシクロフォスファミド(エンドキサン)という抗がん剤でよく起きます。若いほど閉経しにくく、閉経年齢に近いほど閉経しやすいのです。
CMFを使うと、20代で約20%、30代で30%、40代で80%以上が閉経しました。
CAFやCEFの場合は、20代で閉経する人はほとんどなし、30代で10〜25%と少なくなりましたが、40代ではやはり80%以上閉経しました。
ACでは、20代で閉経する人はほとんどなし、30代で13%、40代で約60%でした。