今日、乳がんの治療は非常に進歩して、乳房の形態や機能を温存した様々な手術が生まれました。また放射線療法、補助療法(化学療法、ホルモン療法)の組合せによって根治性が高まりました。同時にそれぞれの治療法の長所と短所も明らかになりつつあります。どの方法が最善かは、患者さんごとに異なります。あなたは自分の価値観に照らし合わせて、あなたにとって最善の治療法とそのための主治医を選択しなければなりません。
がん告知とはがんを宣告する瞬間のことをさしているのではありません。医師と患者さんが真実を共有することによって、生涯にわたる信頼関係を築き、最善の治療を提供し続けるためにあるのです。真実を知ることはつらいことかもしれませんが、ぜひあなた自身が病名と病状の説明を受けてください。ただし、聞き漏らしがないように以下のような工夫も必要です。
がんの告知が行われても、病状に関する十分な情報が得られなければ患者さんの不安は増すばかりです。そこで生まれたのがインフォームドコンセントです。直訳すれば「説明のうえでの同意」。治療を始める前に医師が患者さんに十分な説明をし、同意を求めることと一般に理解されています。しかし医師の説明に患者が単に同意するというのでは、一方通行的な印象がぬぐえません。 実際の診療においてもっとも不足しているのは患者さんからの情報です。乳がん治療の選択肢は多岐にわたります。患者さんの価値観も1人ひとり異なります。自分に取って最善の治療法に到達するために、患者さんは自分からも医師に質問し、治療に何を望むのかをはっきり告げるべきです。真のインフォームドコンセントは医師と患者さんの双方が互いの情報を提供し、合意に至るというインタラクティブな(双方向の)行為であるべきです。そこで私は「双方の説明のうえでの合意」と訳しています。
次の情報は治療法およびその時期の決定に欠かせません。
すぐに仕事に復帰したい場合は、合併症が少なく短期入院が可能な術式を考慮すべきです。体力や運動機能を温存したい場合、胸筋の切除やリンパ節の郭清には慎重になるべきです。
手のかかる家族がいて、家を長期に空けられないときは日帰り・一泊手術(第8章参照)もあります。子供の結婚式が間近の場合は手術の延期もあり得ます。
未婚の場合はなおさら術後の外観にこだわるべきです。将来結婚相手に悟られないような小さな傷で手術することも大切です。
化学療法(抗がん剤)は不妊になる確率が70%あります。腹直筋皮弁による再建後は妊娠が困難です。
ダンスが趣味の場合、胸や背中のあいたドレスを着ることも考慮すべきです。スポーツが趣味の場合、手術後もそのスポーツが可能か確認すべきです。
何をもって幸せとするかは人によって異なります。外観が損なわれても局所再発の予防を重視する方もいます。根治が不可能でもがんと闘うことを希望する方もいます。あなたの人生観(ときには死生観)を主治医に告げるべきです。
主治医の意見「ファーストオピニオン」に対し、主治医以外の意見を「セカンドオピニオン」といいます。セカンドオピニオンには次のような利点があります。 多くの情報が得られる。
セカンドオピニオンはあなたの当然の権利です。主治医の機嫌を損ねるなどと心配する必要はありません。次のように相談しましょう。
カルテ開示のことを「カルテ全文のコピー」だと思っている方がいます。裁判のためならそれも必要ですが、それをコピーする人の労力も考えてください。セカンドオピニオンのために必要なのはカルテの全文ではなく、病理結果のコピーとレントゲン写真です。病理やレントゲンの所見が患者さんに難解な場合は、わかりやすい説明文を付けてもらいましょう。紹介状(診療情報提供書)をもらえれば、なおよいでしょう。医療情報の所有権は患者さんにあり、医師はいかなる理由があろうともその開示・提供を拒んではいけないことになっています。
セカンドオピニオン医に次のことを聞きましょう。 他の病院の診断に対するセカンドオピニオンをお聞きしたいのですが協力していただけますか?
最も情報を収集しやすいのがインターネットのホームページです。コンピュータに詳しくなくても大丈夫です。あなたの周りには必ずと言っていいほどインターネットに詳しい人がいます。相談すれば喜んで情報検索をしてくれます。 表7―1に信頼できるWebサイトを紹介します。
表7-1 インターネットで情報を集めよう
乳がんと宣告された患者さんがまず訪れるのは本屋や図書館です。乳がんに関する多くの本が出版されていますので分類してみましょう。
医師が乳がんについてわかりやすく解説した本です。
医師が読む専門書と患者向けの家庭の医学書があります。
患者さんが自分の体験を綴ったものです。
独自の健康食品や免疫療法を紹介した本です。
がんの最新の情報を紹介している雑誌です(五十音順)。
『がんサポート』(月刊)定期購読申し込み 電話03(3526)6300
あなたと主治医により治療法の検討が十分になされていたとしても、さらにあなたが信頼している人との相談が役立つことがあります。ただし、あなたが乳がんになったことを人に知られたくないときは、その旨をしっかり告げましょう。
乳がんと宣告されてあなたがショックなように、あなたの家族や友人も不安を感じています。あなたの感情を素直に打ち明けることにより、彼らもまたあなたをより身近に感じることができます。心の絆がより深まることもあります。
乳がんについて知れば知るほどあなたは落ち込みを感じ、何も手につかなくなることがあります。かといって何もしないでいると最善の治療法を選択するチャンスを失うことになります。あなたがしなければならないことで他の人にもできることは、遠慮せず身近な人に頼みましょう。外来の予約、キップやホテルの手配、インターネットによる情報の検索、診察時の付き添いや送り迎え、留守中の家事など。
乳がんと宣告された患者さんの多くはうつ状態にあります。叱ったり励ましたりするとうつ状態が悪化します。患者さんから相談された方は静かに話を聞いてあげてください。また患者さんが自らの治療方針を決定するまで、決して意見を押しつけないでください。
乳がん患者さん同士のサポートグループに問い合わせると、乳がんをすでに治療した人がみずからの経験に基づいて様々な疑問に答えてくれます。サポートグループに入会すればいつでも相談できる友人を得ることができます(表7―2参照)。乳がんをすでに克服した人たちの経験は、あなたのこれから歩む道に希望の光をともしてくれます。そしてあなたの経験も、将来同じ道を歩んでくる人にとって希望の光となるのです。
キャンサーネットジャパンでは24時間セカンドオピニオンを受け付けています(表7―1参照)。メールでご相談ください。専門医が数日以内にお答えします。
表7-2 がんのサポートグループ(50音順)
主治医とはあなたの治療を担当し、治療後の経過を管理する医師を差します。したがって、主治医の善し悪しはあなたの乳がんの治療結果と治療後の人生に大きく関わります。 にもかかわらず、安易に主治医を決めてしまう患者さんも少なくありません。こうした患者さんの多くは、治療後の経過が思わしくなくなってから、他にもっとよい病院はないかと、あわてて様々な本を読みあさって、あちこちの医師を訪れるのです。あとで後悔しないためにも主治医選びは慎重に行いましょう。
最近よく使われるこの言葉は「科学的根拠」という意味です。これまでの治療は医師の個人的知識や経験をもとに行われてきました。そのため医師によって治療方針が異なることが患者にとっては悩みの種だったのです。
そこでその治療法をした場合としなかった場合、またはその治療法とほかの治療法によって、その後の経過に違いがあるかどうか比較試験をするようになりました。がんでいえば生存率すなわち寿命や、局所再発率に違いがあるかどうかを科学的に調べたのです。それによって得られた根拠がエビデンスです。エビデンスの信頼度は臨床試験の方法によっても異なります。その試験に参加する患者の数が多いほど、またどの治療を受けるのかくじ引きで決めたほうが、信頼度が高くなります。
乳がんは手術や放射線、抗がん剤やホルモン療法などさまざまな治療法がよく効くために、これまで多くの臨床研究が行われ、次のようなことが明らかになってきました。
大きく取っても(全摘)小さく取っても(温存)生存率は変わらない・・・ただし局所再発率は全摘が3%に対し、温存は放射線療法をかけないと39%、かけても14%と高い。
リンパ節を取っても取らなくても生存率は変わらない・・・ただし術後の補助療法(抗がん剤やホルモン療法)を決めるためにはリンパ節転移の有無を調べることは不可欠ですし、転移があるときは取ったほうが局所再発率は低いのです。
再建をしてもしなくても生存率・局所再発率は変わらない。
放射線をかけると局所再発率が3分の1に減少する・・・さらにリンパ節転移が4個以上あるとき放射線照射すると、乳房温存術では7%、全摘では5%生存率が高くなる。
抗がん剤やホルモン療法をすると生存率がそれぞれ3分の1向上する・・・併用すれば2分の1向上します。
エビデンスはこれまで医師の個人的知識や経験をもとに行われてきた医療を、公平・公正かつ最新な医療に転換するために導入されました。にもかかわらず、最近の医師はエビデンスを盾に、治療法を強要するようになってきました。
すべてを医師にまかせるのではなく、きちんとエビデンスを理解したうえで、主治医と治療法を選ぶようにしましょう。
子どもはすごいですね。ネイティブスピーカーと話していれば自然とその発音が身体にしみ込みますし、すばらしいアスリートとスポーツをしていれば反射的に身体が動くようになります。すばらしいミュージシャンと演奏していれば、自然に手が奏でるようになります。これが「からだ記憶」です。一度、覚えると生涯忘れません。
ところが大人になって語学、スポーツ、音楽、コンピュータを習得しようと思っても、難しくてなかなか覚えられません。老化のせいだといわれますが、実は頭がじゃまをしているのです。記憶は思春期を境に「あたま記憶」が優性になるのです。
大人になってからパソコンやピアノを始めた方は、手元を見ないとキーボードをたたけないでしょう。実は私もそうです。今この原稿を書くのに人の倍の苦労をしています。頭で考えながらそれを文章にしていく、それを指が文字にして、目でキーボードと画面を交互に確認する。なんと多くの作業でしょうか。
しかし目を閉じてキーボードをたたいてみると意外にスムーズにいくものです。そのほかの情報が一切シャットアウトされて、心と指が一体になっているからです。音楽もそういうものでしょう。楽譜と鍵盤を交互に見ながらではたどたどしくなってしまいます。頭をからっぽに心を全開にして、感性に身をゆだねればいいのです。
さて乳がんと診断されたとき、手に入るかぎりの情報を集めるでしょう。友人たちもさまざまな情報を与えてくれます。最初は手術と抗がん剤しかないと思っていたのですが、免疫療法や民間療法などの情報や体験談を聞くたびに、決心が揺らぎどうしていいかわからなくなってしまいます。氾濫した情報の波にのまれてしまっているのです。
考えようとすればするほど複雑になって行動に移すことができません。そういうときは目をつぶって頭をからっぽにしてください。そして自分がどうしたいのかイメージしてみるのです。たいてい方針は決まっているものです。自分の意見を支持してほしいだけなのです。医師に遠慮なくあなたの希望を伝えてみてください。医師はパートナーとしてその実現の手伝いをしてくれるでしょう。
ただし語学や音楽、スポーツでもいいパートナーを選ばないと上達しません。乳がんの治療の際もよい主治医をお選びください。
今日、乳がんの手術は非常に進歩して、全摘・温存ばかりでなく皮下乳腺全摘・同時再建もあります。また放射線療法、補助療法(抗がん剤、ホルモン療法、分子標的薬)の組み合わせによって根治性が高まりました。
同時にそれぞれの治療法の長所と短所も明らかになりつつあります。どの方法が最善かは人によって異なります。あなたは自分の価値観に照らし合わせて、自分にとって最善な治療法の選択と、そのための主治医の選択をしなければなりません。
がんと診断されてから治療法を決定するまで次のような手順が必要です。
主治医から乳がんと告知されたが、とてもショックでそのあとの説明がまったく理解できなかった、ということもよく聞きます。確かに真実を知るのはつらいことです。しかしがん告知は医師と患者さんが真実を共有することによって、生涯にわたる信頼関係を築き、最善の治療を提供し続けるためにあるのです。ぜひあなた自身が病名と病状、そして治療法の説明を受けてください。
ただし、聞き漏らしがないように以下のような工夫も必要です。
年をとると新しい歌はなかなか覚えられないけど、古い歌は歌詞カードを見なくても歌えます。同じように横文字はなかなか覚えられず、出てくるのは子どものころに覚えた日本語ばかり。タートルネックはとっくり、ハンガーは衣紋掛け、ビーチサンダルは海浜履き、ベビーカーは乳母車・・・・・・。
戦時中、英語は敵性語と見なされ使用を禁止されました。野球でもストライクを「よし」、アウトを「だめ」と呼ばせました。そこまでいくとやりすぎですが、医療においてやたら横文字を使う習慣は慎むべきだと思います。
そこでセカンドオピニオンは「第二の医師の意見」、QOLは「生活の質」「人生の質」、EBMは「科学的根拠に基づいた医療」と呼ぶことが提案されています。しかしなかなか定着しません。
だってそうでしょ、日本の医療にはそういう下地がないのですから。外人に「武士道」とか「もったいない」とか「肩こり」といっても通じないのです。そういう精神や概念がないのですから。きっと彼らも最初は彼らの言葉に翻訳を試みたはずです。しかしどうしてもしっくりこない。そこで今は「モッタイナーイ」と使っています。
さてがんの告知が行われても、病状に関する十分な情報が得られなければ患者さんの不安は増すばかりです。そこで生まれたのがインフォームドコンセントです。直訳すれば「説明のうえでの同意」。医師はあなたの病状、これからの治療法の利点や欠点、ほかの治療法について説明してあなたの同意を求めます。しかし医師の説明に患者が単に同意するというのでは、一方通行的な印象がぬぐえません。
実際の診療において最も不足しているのは患者さんからの情報です。乳がん治療の選択肢は多岐にわたり、患者さんの価値観も一人ひとり異なります。家族構成、結婚観、妊娠の希望、仕事、趣味、将来の計画、人生観、死生観を話すことによって、医師はあなたに最も合った治療法を提示してくれるでしょう。
真のインフォームドコンセントは医師と患者さんの双方が互いの情報を提供し、合意に至るというインタラクティブな(双方向の)行為であるべきです。そこで私は「双方の説明のうえでの合意」と訳しています。
主治医の意見「ファーストオピニオン」に対し、主治医以外の意見を「セカンドオピニオン」といいます。セカンドオピニオンには次のような利点があります。
セカンドオピニオンを希望するときは、主治医に次のように相談しましょう。
もし、あなたの主治医がセカンドオピニオンに協力しないならば、あなたの生涯の主治医にふさわしくありません。新たな主治医を探しましょう。
セカンドオピニオン医には次のことを聞きましょう。