「腋窩郭清」という言葉を知っていますか。「腋窩」とは脇の下のこと、「郭清」とはすべてを取ることです。すなわち脇の下のリンパ節をすべてきれいに取ることを「腋窩リンパ節郭清」略して「腋窩郭清」と言います。乳がんは腋窩リンパ節に転移してから全身に広がることがあります。これをリンパ行性転移と言います。そこで腋窩リンパ節を取ることによってがんを取りきれるのではないかという考えのもとに、腋窩郭清は一〇〇年以上の間、乳がんの標準術式でした。ところが腋窩郭清をしてもしなくても生存率は変わらないということが証明され、その目的は変わってきました。
腋窩郭清が生存率を向上させるのではないかと信じられてきました。しかし、それを証明する結果は出ていません(信頼度2)。
乳がんの予後因子として、最も有力なものは腋窩リンパ節転移の有無です(信頼度3)。診察で腋窩リンパ節転移があると言われた患者さんの27%には実際には転移がなく、転移がないと言われた患者さんの39%に転移がありました(信頼度3)。腋窩リンパ節転移の有無を正確に評価するためには、診察だけでは不十分で、腋窩郭清が不可欠です(信頼度3)。
腫瘤切除のみで腋窩リンパ節郭清を行わないときの腋窩再発率は、術後10年間で28%です。腫瘤径1㎝以下では1%、1・1~2・0㎝では26%、2・1㎝以上では33%でした(信頼度3)。 腋窩郭清とその病理検索は、根治性の向上のためではなく、病期の診断と腋窩再発の予防のために行われます。
腋窩リンパ節に転移があるのかないのかを知るためには、わずか3~5個のリンパ節を切除すれば正確に決定されます(信頼度3)。
腋窩リンパ節にどの程度転移があるのかを知るためには、10個のリンパ節を切除したほうがより信頼できます(信頼度3)。
腋窩リンパ節を取れば取るほど、腋窩再発の危険は少なくなります(信頼度3)。
腋窩郭清によって生じる合併症について、術前の説明が必要です。
腋窩郭清をしたときには切断されたリンパ管からリンパ液が漏れ、脇の下に溜まります。そのためリンパ液を吸引するドレーンという管が挿入されます。ドレーンを抜いたあとも脇の下にリンパ液が溜まるため、外来で注射器で抜くことがあります。
溜まったリンパ液に感染を起こすことがあります(5~14%)。
脇の下から上腕の内側に行く知覚神経が傷つきます。それによって耐えがたい痛み(4~6%)、上腕の内側や肩甲骨のしびれ感(80%)が生じます。
手が上がりにくくなります(17%)(信頼度3)。
腕全体がむくみ、それが一生続きます(11~27%)(信頼度3)(第12章参照)。
腋窩リンパ節は、脇の下の部分がレベル1、鎖骨の下がレベル3、その中間がレベル2というように分類されています(図4―1参照)。
図4-1 腋窩リンパ節
腋窩転移の頻度が低い場合、あるいはリンパ節転移に関する情報が治療に何ら影響しない場合には、腋窩郭清の省略が考慮されてもよいでしょう。腋窩郭清を省略した乳房温存手術後の放射線治療の際に、放射線の一部を腋窩に照射し、腋窩再発を予防することも試みられていますが、いまだに有効性を示す十分なデータがありません。
非浸潤がんは腋窩リンパ節に転移しません。
腫瘤径が小さい(1㎝以下)、グレードが低い、エストロゲン・レセプター陽性、閉経後などは腋窩再発の危険性が低いのですが、郭清を省略していいという十分な科学的根拠はありません。
たとえ腋窩リンパ節転移があったとしても、衰弱した高齢の患者さんにはタモキシフェン(ホルモン療法の内服薬)のみが投与され、化学療法を施行されることはないため腋窩を調べる必要性はあまりありません(信頼度4)。
正確な病期は知りたいが合併症が怖いので、郭清の代わりにリンパ節を少し取るだけで済ませたいという方がたくさんいます。そういう方にはセンチネルリンパ節生検(略してセンチネル生検)をお勧めします。「センチネル」とは「見張り番」の意味です。がんの周囲に色素や放射性物質を注射して、がん細胞が最初に流入するリンパ節を確認する方法です。リンパ節転移のあった患者さんにはこのリンパ節がすべて転移陽性でした。つまりセンチネル生検をすれば郭清をしなくても正確な病期の診断ができます。