全身麻酔をする前は心電図、肺のレントゲン、呼吸機能、さらに血液検査で肝臓・腎臓の検査をしますよね。なぜこんなに検査が必要なのでしょう。
全身麻酔はのどに管を入れて麻酔ガスをポンプで送り込みます。この間、呼吸は止まった状態で、麻酔医が目を離したすきに事故でも起きたら命にかかわります。また麻酔ガスは肝臓や腎臓に負担がかかるのです。ですから心臓病や喘息、肝臓・腎臓の病気があるときや、老人、全身衰弱の人、妊婦は全身麻酔をかけられません。そこでこの硬膜外麻酔を使用します。
背中から麻酔するというと、よく「脊髄麻酔」と勘違いされます。脊髄麻酔は盲腸のときに行われる中枢麻酔で、脊髄神経をブロックします。そのためブロックしたところから下は筋肉も麻痺して動けなくなります。脊髄は脳とつながっているので、麻酔薬が脳のほうに流れれば呼吸も止まってしまいます。
硬膜外麻酔は背中から1mmぐらいの太さの管を入れて、胸の知覚神経である肋間神経をブロックする、いわば局所麻酔の一種です。無痛分娩に使われたり、四十肩の治療にペインクリニックの外来で行われたりします。
硬膜外麻酔と同時に安定剤を使いますので手術中はグーグー寝ていますし、手術が終わったらベッドまで歩いて帰れます。全身麻酔よりも安全で、身体に負担がないので、日帰り手術にも適しています。入院の場合は、次の日まで局所麻酔薬を少しずつ流していますので、術後の痛みを取ってくれます。
以前、ほかの病院で同時再建を2件頼まれたとき、1人は全身麻酔だけだったので、麻酔が覚めたあとは一晩中痛かったそうです。もう1人は硬膜外麻酔が入っていたので術後も痛みがなく大変元気でした。困ったのは2人が友人同士だったので、どうして自分は硬膜外麻酔が入っていなかったのかと主治医が責められたそうです。
最近は、ちょっと進んだ病院では、乳がんや肺がんなどの胸の手術のときは、この硬膜外麻酔を併用しています。手術の前に主治医に確認してください。
昔の家にはネズミがすみ着いていたものです。みんなで食卓を囲んでいると、ネコが何かを得意げにくわえてくる。何かと思ったらネズミです。今だったら「そんな不潔なもの持ってこないでちょうだい!」といって金切り声を上げるでしょうが、昔は家族全員でほめてあげたものです。ネコはほめてもらいたくて見せびらかしに来たのです。
手術が終わると、家族が手術室に呼び出されて、執刀医(手術をした医師)の説明を受けます。医師は金属製の膿盆(空豆の形をした大きなお盆)にのせた血だらけのものをプリンのようにゆらゆらさせながら運んできて、「この部分ががんです、がんは取り切れました、リンパ節にも転移はありませんでした」といいます。
私はこれを「セレモニー」と呼んでいます。ネコがネズミを見せびらかしているのと同じような儀式だからです。
「これががんです」といったって、乳がんは脂肪に包まれているので直接は見えません。
切り目を入れて中を見せようとする医師もいますが、病理の診断が難しくなります。
「がんが取り切れたかどうか」、それを調べるのが病理医の仕事です。
サッカーや野球でいえばわれわれ外科医はプレーヤー(選手)、最善のプレーをするのが仕事。それがアウトかセーフかを決めるのはレフリー(審判)である病理医の仕事です。
ですから手術が終わった時点では、「手術は無事終わりました。ご安心ください。結果は外来でお知らせします」としか申し上げることはありません。そのかわり、病理結果が出たらそのコピーを差し上げます。外科医のいいかげんな説明よりも、病理医の詳しい診断結果を待ちましょう。
そして病理結果のコピーは必ずもらいましょう。これさえあれば術後の治療法を決めるとき他の医師の意見も聞けるからです。
結果が出るまではあまり気をもまずに英気を養ってください。
乳がん手術を受けることはあなたにとって初めての連続で、いくら用意を周到にしたつもりでもとまどうことばかりでしょう。思ったとおり大変だったという方もいれば、予想したよりも楽だったという方もいます。そこで手術直後の麻酔が覚めた状態から、術後の回復、そして退院、社会復帰に至るまでを事前に知っておきましょう。
目が覚めたらあなたはリカバリー(回復室)のベッド上にいます。麻酔から完全に覚めて出血のおそれがなくなるまでは、食事を摂ることもトイレに歩くこともできません。
日本では、交通事故で手や足を骨折したとき、骨がくっつくまで3カ月も入院させます。身体は元気なわけですから、看護師をからかったり、待合室でタバコを吸いながら将棋をしたりして3カ月を過ごすわけです。
これがアメリカでしたら骨折した日にギプスをして、翌日から仕事場に出て電話番をするのです。しなければクビです。
また日本では出産すると1週間入院して何十万円も払うのですが、欧米では1日入院、アジアやアフリカでは入院すらしません。
乳がんの手術直後はどこの病院でも、点滴をして、おしっこの管を入れて、傷にはドレーンという滲出液を抜く管が入っていますから絶対安静です。しかし翌日になれば自分で歩けて(自立歩行)、自分で排便ができて(自立排泄)、自分で食べられて(自立摂食)、痛み止めの点滴が必要なくなります(痛みからの自立)。これを「4つの自立」といいます。
もう点滴もおしっこの管もいりません。自分で歩いて食事を取りに行って、自分で食べて、自分であと片づけをして、自分でトイレに行けるのです。
友達が見舞いに来ると、この入院のためにわざわざ買い求めたパジャマの上に、これまた新調したガウンを着て、「今日はもう3回目よ」といいながら下の喫茶店に行くのです。はたして入院している必要がどこにあるのでしょう?
確かにリンパ節を全部取るとリンパ液が止まらなくなるので、ドレーンがなかなか抜けません。しかし最近はセンチネルリンパ節生検といってリンパ節を少ししか取らないので、ドレーンは翌日には抜けます。
ですので、アメリカでは乳がん手術の80%が日帰りで行われています。手術といえば長期入院が当たり前のわが国では信じられない方も多いと思いますが、実は先進国ではデイサージャリー(day surgery)呼ばれ、長い歴史があるのです。
「日帰り手術」と翻訳されていますが、その定義は「23時間以内の退院」をさすため、正確にはデイサージャリーは「日帰り・一泊手術」となるでしょう。
アメリカで入院期間が短い最大の理由は院内感染の予防です。
昔、アメリカのある大病院で院内感染が大流行しました。MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)という抗生物質の効かない怖い菌です。同じ入院室にこの菌をもっている人がいれば、1週間以内に部屋中の人に感染します。ミツバチが花粉を運ぶように医師や看護師がこの菌を運んでいるのです。
まず、この病院では入院患者全員にMRSAに効く抗生物質を点滴しました。ところがすぐに耐性菌が出て、その抗生物質も効かなくなりました。
次に、病院中を消毒しまくりました。しかしこれも効果がありませんでした。
そこで、入院患者のうち、4つの自立状態にある人を自宅に帰したり、近くのモーテルに移したりしました。これが功を奏してMRSAを鎮圧できたのです。
病院は病人のいるところです、そこに長期入院をすることは病気をもらうようなものです。早期退院は術後感染症を防ぐための妙薬なのです。
そのほかにも長期入院は患者さんにさまざまな「肉体的、精神的、時間的、経済的」負担を与えていることを忘れてはいけません。
考えてみてください。外科生検(しこりのくりぬき検査)もリンパ節生検も通常は通院で行われています。なのに、それらを同時にやる乳房温存術でなぜ何週間も入院させられるのでしょう?本当は通院で十分なのです。
学生のころは地図もガイドブックもなく、ふらりとひとり旅に出ました。見知らぬ土地で見知らぬ人とのふれあいを期待して。実際はなんの出会いもふれあいもなく、途方に暮れたことがほとんどでしたが、つらいと思ったことはありませんでした。
最近は外国に行くときも招待講演がほとんどですので、切符もホテルも相手が手配してくれて、空港に迎えが来ています。しかし先日、なんの手違いか空港で迎えが見つからず、自分でホテルまで移動しなければならなかったのです。ガイドブックもなく予備知識もなかったため、周りのすべてが悪い人に見えて泣きそうでした。
さて手術直後の経過も、私たちにとっては日常茶飯事ですが、あなたにとっては何をされるのか戦々恐々です。せめてガイドブックでもあるなら、と思うでしょう。実はあるのです。それはクリニカルパス、臨床の行程表という意味です。早期の離床(ベッドから離れること)をめざして、次のような情報を提供してくれます。
途中で吐き気や気分不快が生じたときは、すぐにベッド上安静とし最初からやり直します。この回復プログラムは、一泊以上の入院のときは翌朝から、日帰り手術のときは術後数時間後から始めます。
病院は居心地の悪いところです。もし居心地がよくても、それはあなたのいるべき場所ではありません。入院期間が長ければ社会復帰にはその倍の時間がかかると思ってください。可能であるのなら退院して家に帰り、あせらず恐れず一歩ずつ社会復帰していきましょう。家に帰ったら次のようなことをします。
あんなにヘビースモーカーだったあなたが入院中は1本もタバコを吸いませんでした。その理由は、病院は禁煙だったから、医師が吸わないようにといったから、身体に悪いと思ったから、乳がんになったのはタバコのせいだと思ったから、身体が受けつけなかったからなどなど。理由はともかく今のあなたがタバコを必要としていないことは確かです。
そして禁煙はがんの罹患率や術後の合併症を減少させることが明らかになっています。これまで酷使してきたあなたの身体をいたわる意味でも禁煙を継続しましょう。家族の方は患者さんの前で喫煙してはいけません。
といっても隠れてタバコを吸おうという不心得者のために、タバコの害について強迫めいた説明をしましょう。
タバコの中の有毒物質は肺から吸収されて血管内に入ります。そして血管の内皮細胞を傷つけ、かさぶたが動脈硬化を起こします。するとよくしたもので、白血球から傷あと組織を溶かすエラスチン分解酵素「エラスターゼ」が出て、動脈硬化を改善しようとするのです。
ところがエラスチンは身体中に存在します。まずは肺のいちばん末梢の「肺胞」です。肺は空気を吸ったり吐いたりしますが、それをつかさどっているのが肺胞の弾力です。この弾力はエラスチンによって生まれます。エラスターゼが肺のエラスチンも分解すると、肺気腫という難病を起こし息が吐けなくなります(よく酸素チューブを鼻にはめて酸素ボンべを持ち歩いている人がいますよね)。
エラスターゼはまた傷あと組織のエラスチンも分解して傷の治りを悪くします。
何よりも身体の中でいちばんエラスチンがあるのは皮膚です。肌の若返り物質であるエラスチンを分解し、シワやくすみを起こすので老け顔になるのです。これを「スモーカーズフェイス」といいます。
タバコをやめたその日から心筋梗塞、脳卒中、がんになる確率は減少し始めます。体が軽くなって肌のつやがよくなってきたら、効果の出てきた証拠です。やがてあなたは若々しく生まれ変わります(美しく生まれ変わるかどうかはもとの顔によります)。
手術後1日も早く社会復帰をするための機能訓練をリハビリテーションといいます。昔の乳がん手術は胸の筋肉まで取ってしまったので(ハルステッドの手術)、術後は手が上がりにくくリハビリや体操が必要でした。しかし今は筋肉を取りませんし、リンパ節も全部取ることは少なくなったので、リハビリをしなくても手はすぐ上がるようになります。
それよりも患者さん本人が早く職場復帰する意志が必要です。「今までどおり働く自信がない」とか、「働かなくても休業補償をもらえるのでサボらなくては損だ」と考えている人もいます。
しかし仕事がないと、朝は6時に目が覚めてもまだ早い、8時になってもまだ早い、10時ごろようやく起きてパジャマのままテレビの前に座って、頭がぼーっとしているので濃いコーヒーを飲みながら芸能ニュースを見ているうちに午後になってしまい、外に出ないで1日が終わってしまった。そんな生活が身体にいいわけがありません。
がんに勝つためには内面からわき起こる生命力が必要です。朝は日の出とともに起きてお天道様に手を合わせる。朝ご飯を食べて、駅まで早足で歩く。満員電車で座れなかったら二本の足で踏ん張る。仕事場に着いたら、同僚と話をして泣いたり笑ったりしながらバリバリ働く。家に帰ったら風呂に入って晩ご飯を食べたらバタンキューで爆睡する。これが人生です。
働いていない人は、1日のスケジュールを決めて有意義に時間を過ごしましょう。朝起きたら散歩。このとき、軍手をして火ばさみ(金属製の長いやつ)とレジ袋を持って、歩きならがゴミやタバコの吸い殻があったら拾うのです。近所の人とすれ違ったら「おはようございます!」、子どもには「おはよう!」と声をかけるのです。最初は変なおばさんと呼ばれます。しかしそのうち相手も挨拶を返してくれます。
人のために働き人から必要とされる、それが生きているということです。人と人とのつながりが生まれたとき、あなたは生きてるってすばらしいな、と思うはずです。
「術後37.5度ぐらいの熱が続いてだるくて仕事をしていてもすぐ疲れます。もともと体温が低く36度ないぐらいなので心配です」。乳がん手術後、このような相談をよく受けます。さて平熱(正常体温)とは何度くらいなのでしょう。
日本人の男女(10〜30歳)3000人の腋窩温を午後に30分以上かけて測定した成績では36.2〜37.6度でした。つまり37.5度は平熱なのです。37.5度以上でも38度に達しないと「微熱」と片づけられます。また平熱が低いとのことですが、65歳以上の健康な老人(3000人)の体温は最低35.6度だったそうですが、そこまで年をとっていないのに平熱が36度に達しないとすれば、測り方が悪いのかもしれません。口腔内の体温計か、耳の電子体温計を使ってみましょう。
しかし、正常といわれても、実際のこのだるさはなんなのでしょう。考えられる原因には次のようなものがあります。
豊臣秀吉は戦のあとは「有馬の湯」に入って、刀傷を癒やしたといわれています。昔は外科学がありませんでしたので。切られたところはぱっくり開いたまま、温泉や膏薬によって傷が治るのを待ったのです。
しかし人間には回復力があります。ほうっておいても傷の両側から線維性の傷あと組織が出てきて真ん中でしっかり絡み合います。これを「瘢痕組織」といいます。瘢痕組織は引っ張られれば引っ張られるほど頑丈に絡み合って引きつけ合うので、硬く盛り上がって引きつれます。傷の色は真っ赤でしょう。これはどんどん新しい血管が再生して(新生血管)傷口に血を送り込もうとしているからです。瘢痕組織があなたの身体を守るために一生懸命頑張ってくれているのです。もしあなたが若々しく回復力があればあるほど傷は引きつれて赤くなるでしょう。逆に高齢者や糖尿病で回復力がなければ、たとえ傷を縫ってもしばらくするとぱっくり開いてしまいます。
乳がんを取ったあとの穴ぼこはどうなっているのでしょう。まず皮膚の下や脇の下に血液やリンパ液がたまります。これは「血糊」といって傷同士をくっつけるための糊の役目をします。血糊はだんだん吸収されて線維性の傷あと組織に置きかわります。血糊がたまりすぎたときは注射器で吸い出すかもしれません。傷あと組織は互いに絡み合って丈夫な瘢痕組織をつくります。全摘後の傷あとが硬くでこぼこして、ときには締めつけるように感じ、ときには「鉄板が入っているように」感じるでしょう。瘢痕組織があなたを守るために硬い「よろい」をつくってくれているのです。
傷が引きつれたり硬く盛り上がったりすると、あなたは「手術の失敗ではないか」「この症状は一生続くのかしら」「手が上がらなくなるのではないか」と不安になるでしょう。鏡を見るたびに泣いているかもしれません。しかし瘢痕組織は今あなたのために頑張ってくれているのです。どんな傷も最初は赤く硬く盛り上がっていますが、1年もすると白く軟らかく平らになります。治ったと身体が判断すると瘢痕組織は撤収を始めるのです。
頑張ってくれているあなたの身体を責めたりせずに、やさしく語りかけてください。「私のためにこんなに頑張ってくれてありがとうね。でも私はもう大丈夫、そんなに頑張らなくてもいいからね」。傷はみるみるきれいになって、痛みもなくなるでしょう。
「乳がん手術後、ひどい肩こりで頭痛まで起きて困っています。マッサージや鍼治療をしても一時的にしかよくなりません。リハビリが必要でしょうか」という相談を受けます。
「筋肉痛」は使いすぎ、「肩こり」は使わなすぎです。
背中の両側にある「肩甲骨」は上半身の骨盤です。人類の祖先が4本足で歩行していたときには上体の体重を支えるために、下半身同様筋肉が発達していました。それが二足歩行になり上体を支える必要がなくなりました。それでも昔はクワで畑を耕したり、薪を割ったりして肩甲骨の周りの筋肉を使っていたのです。
ところが現代人は、上半身の力仕事をすべて機械にゆだねてしまいました。その結果、筋肉痛はなくなりましたが、肩こりという現代病が生じるようになったのです。
心臓から送り出された血液は筋肉のポンプ作用でまた心臓に戻りますが、現代人はほとんど力仕事をしないので血流が悪くなり肩こりが生じているのです。「筋緊張性頭痛」という頭痛も肩こりの一種です。
こりに対して外からマッサージすれば一時的なポンプ作用になるでしょう。しかし根本的な解決にはなっていません。治療法はズバリ1日1回4本足歩行をすることです。
昔の人は家中の廊下の雑巾がけをしました。あれが肩こり解消に抜群の効き目があるのです。四つんばいになって雑巾でフローリングを拭くと冬でも汗が出ます。そのまま洗面所と玄関まで拭き終わると家中ぴかぴか、肩こりも解消します。
窓拭きもいいですね。日光にかざしてみるとずいぶん曇っています。手術をした側の手で届くところまで毎日拭いてください。届かないところは反対側の手で。最高のリハビリです。
リハビリとは体操やマッサージのことではありません。実生活に復帰することです。
毎日の生活の中から、肩甲骨の周りの筋肉を使うことを心がけましょう。
正座をしていると足が麻痺しますが、足を伸ばして血流が再開するとビリビリと過敏になりますよね。これを回復徴候といいます。
乳がん手術で乳腺やリンパ節を取ると、その中を走っている神経も傷つきます。直後は麻痺を起こしているのであまり痛みを感じません。
しかし木の枝を、秋になって切り落としても、春になると切り口から若葉が旺盛に生えてくるじゃないですか。同じように術後数カ月すると神経の切り口から新しい神経がどんどん生えてくるのです。このとき神経はむき出しの状態で生えてくるので、ちょっと当たってもビリビリするのです。これは痛みではなく過敏になっているのです。
脳はものわかりが悪いのでこれを痛みと勘違いしています。「お湯をかけるよ」といって冷たい水をかけると「熱い!」と感じます。これが脳の勘違いです。痛みと感じると「がんが再発したのではないか」「手術の失敗ではないか」と不安になります。
不安になるたびにあなたの脳は身体中に「敵が攻めてきた」警報を送ります。副腎(腎臓の上にある)はその警報に忠実に従って「アドレナリン」という興奮物質を出します。敵が攻めてきたときのように身体は反応します。闘いに備えるために心臓はバクバク拍動して血液を送り出します。一方で皮膚が傷ついても出血しないように、末梢の血管は収縮して手足は冷たくなります。身体はいつも緊張して食欲はなくなり、夜は眠れなくなり、ホルモンの調子も悪くなります。当然、傷口の血のめぐりも悪くなります。
ですので術後しばらくして傷の炎症がないのに痛みを感じるときは、あなたの脳に向かって「これは痛みではない、回復徴候なんだ」といい聞かせてください。ものわかりの悪い頭には何度もいい聞かせるしかないのです。そのうち頭が「ああ回復徴候だったのか」と理解すれば、痛みと感じなくなり、安心することができます。
同様に腕の内側から背中にかけて腫れぼったさを感じます。これも神経の麻痺症状なのです。歯医者さんに行って歯ぐきに麻酔の注射を受けると、唇が腫れ上がった感じがします。「先生、タラコ唇になっちゃった」といいながら鏡を見てみるとまったく腫れていないでしょう。神経が麻痺すると脳は腫れたと勘違いするのです。