■乳がんの手術法

大きく取っても小さく取っても生存率は同じ!

乳がんは局所のしこりから少しずつ周りに広がるため、周りの健康な組織やリンパ節を含めて大きく取ることによって生存率(寿命)が向上すると長年信じられてきました(ハルステッドの理論)。ところが近年、乳がんはかなり早期からがん細胞が血管内を移動して全身に廻っていると言われるようになり、大きく取っても小さく取っても、生存率は変わらないことが明らかになりました(フィッシャーの理論)。現在、乳がんの手術の目的は、根治性を損なわない美容の追求に変わりつつあるのです。

1.温存よりも全摘のほうが安全なのでしょうか?

どちらを選んでも生存率は変わりませんが局所再発率と審美性は変わります。
生存率 大がかりな臨床試験により、乳房温存と乳房全摘術の生存率は変わらないことが証明されました(信頼度1)。そのため早期の乳がんに対しては、乳房温存療法が推奨されています。
局所再発率 術後20年間の乳房温存術の局所再発率は、放射線療法を受けなかった場合には39%、受けた場合には14%でした(信頼度1)。乳房全摘術の局所再発率は2%以下です。
審美性(美しさ) 美容に十分配慮した乳房温存術は、乳がんの手術をしたことがわからない仕上がりとなります。
局所再発と生存率 乳房温存術後の局所再発は全摘術を行えば根治可能です。そのため温存して再発してから全摘しても、はじめから全摘しても生存率は変わりません。

2.乳房温存術にはどのような方法がありますか?

図3-1 4分の1切除法による変形

一口に乳房温存といってもいろいろな方法が行われています(図3―2参照)。術前検査でがんの広がりを推定し、術中も技術と経験によって取り残しがないように努めます。いずれの方法でも生存率は変わりませんが、局所再発の予防のためには術後の放射線治療が不可欠です。
くりぬき術(ランペクトミー) しこりの周囲にわずかな正常組織を付けてくりぬきます。乳房の変形は軽度ですが、断端陽性(切り口にがんが残る)になる可能性があります。
部分切除術 通常の温存術はしこりの周囲に2㎝程度の幅で正常組織を付けて切除します。乳房の内側、特に下方にできたがんに部分切除を行うと、変形をきたします。
4分の1切除術(クアドランテクトミー、扇状切除術)しこりを中心に乳房の4分の1を切除します。
4分の1切除術は大きく取るので局所再発率は低下しますが、変形が大きく、美容的には不満足な結果となります(信頼度4)(図3―1)。

  図3-2 乳がんの様々な手術法

3.乳腺全摘術にはどのような方法がありますか?

全摘術にも様々な方法があります。いずれを選んでも生存率は変わりません(図3―2参照)。 ハルステッドの手術 大・小の胸筋を含めて乳腺を取り囲む組織をすべて取る手術で、今はあまり行われていません。運動機能障害、リンパ浮腫をきたすことがあり、再建も困難です(図3―3)。胸筋温存乳房全摘術 胸筋以外の乳腺を取り囲む組織をすべて切除する最も一般的な手術です(小胸筋を取る場合があります)。ハルステッドの手術に比べて運動機能障害とリンパ浮腫はきたしにくくなり、再建もやや容易になります(第6章参照)。 単純乳房切除術 胸筋温存乳房全摘術と同じですが、腋窩のリンパ節は残します。機能障害やリンパ浮腫は起きません。非浸潤がんに行われます。皮下乳腺全摘術・皮膚温存乳房切除術 小さな傷から乳腺だけを切除し、乳頭・乳輪、皮膚は温存します。機能障害はなく同時再建も容易です。局所再発率は若干高くなります(第6章参照)。


 図3-3 ハルステッドの手術


4.どんなときに乳房全摘術が必要ですか?

以下のような局所再発の危険因子が認められる場合です(信頼度3)。
●マンモグラフィーで広範囲な悪性石灰化を認めるとき。
●しこりが多発性のときや乳房の大きさに比べてしこりが大きいとき。
●外科生検をしたときにどの断端も陽性のとき(どの切り口にもがん細胞があったとき)。また放射線照射をしてはいけない場合も乳房全摘術となります。
●妊娠中
●以前に乳房温存療法で乳房照射を受けたことがあるとき。
●活動性の膠原病(全身性エリテマトーデス、強皮症)のとき。

5.乳房温存ができないと言われました。本当ですか?

わが国では、以下の場合に乳房全摘術が勧められることが多いのですが、乳房温存術は可能です。
乳頭付近のがん がんが乳頭に近くても離れていても予後は同じですので温存は可能です(信頼度3)。乳頭は希望に応じて再建をします(信頼度4)。腋窩リンパ節転移 
腋窩リンパ節転移陽性(脇の下のリンパ節が腫れている進行がん)のときに乳房温存術で治療しても、生存率に差がないことが証明されています(信頼度1)。
乳房インプラントの存在 豊胸術でインプラント(シリコン製の人工乳腺)が入っている乳がんの場合、乳房全摘術とインプラントの抜去が勧められることが多いようです。しかしインプラントを傷つけずにがんを切除できるなら、乳房温存術は可能です。ただし、術後の放射線療法は被膜拘縮を引き起こし、胸が変形したり固くなったりする可能性があります(信頼度4)。

6.乳がんの治療にはどれくらいの費用がかかりますか?

患者負担を3割として、窓口での支払額を計算してみましょう。
●胸筋温存乳房全摘術(腋窩郭清を伴うもの)      手術料は約9万円
●乳房温存術(くりぬき術と腋窩郭清)    手術料は8万8000円 実際の手術料はこんなに安いものなのです。しかし麻酔料や点滴などの薬代を加えると、この2~3倍になります。医療費の払い戻し制度があり、通常では、1カ月に約8万円以上かかった医療費に関しては、申請をすれば2~3ヶ月後に払い戻しが受けられます。乳がんのデイサージャリー(日帰り手術)については、第8章を参照してください。

                  図3-4 乳がんの手術法の選択

ワンポイントアドバイス
(医療費控除とは?
乳がんの治療費は医療費控除として税金の還付申告をすれば、収めた税金の一部が戻ってきます。
いつ還付申告をするのか? 所得税の確定申告は2月16日から3月15日です。ただし納税がない場合は1月から還付申告ができます。
どのような医療費が控除の対象となりますか? 表3―1を参考にしてください。
乳房再建は医療費控除の対象となりますか? ほとんどの場合対象となりますが、税務署によって見解が異なることがあるので、窓口で相談してください。過去の医療費も還付申告できますか? 領収書があれば過去5年にさかのぼって申告できます。
本人以外でも還付申告できますか? あなたに所得がなく配偶者や家族が医療費を払った場合は、その人たちが還付申告できます。

表3-1 医療費控除の対象となる医療費、ならない医療費
ワンポイントアドバイス
(第三の選択「皮下乳腺全摘術」!
これまでの乳がん手術は温存術か全摘術の2つしかありませんでした。そのため乳房形態の温存を希望しても、温存術がだめなら全摘術後に再建をするしかありませんでした。しかし全摘術には再建をするうえで以下のような欠点がありました。 皮膚の欠損 がんの直上の皮膚を切除するため皮膚が足りなくなります。乳頭・乳輪の欠損 乳頭・乳輪も乳線の一部として切除されるため、その再建が必要になります。 傷が大きい 美容的に再建しても、傷が大きいために乳がんの手術を受けたことがばれてしまいます。そこで近年、皮下乳腺全摘術が生まれました。この方法は、小さな傷から皮膚と乳頭・乳輪を残し、乳腺を全摘するのですが、まだ新しい方法ですので次のことを理解してください。
①根治性 乳腺をほとんど取り残す温存術でも全摘術と根治性は変わらないのですから、皮下乳腺全摘術の根治性は変わらないと推測されます。
②局所再発率 乳腺をほとんど取り残す温存術の局所再発率は、放射線をかけないとき39%(約3分の1)です。皮下乳腺全摘術では乳線の10~15%が取り残されるため、その3分の1の3~5%に局所再発が生じると推測されていました。しかし最近の研究では、皮下乳腺全摘術の局所再発率は胸筋温存乳房全摘術と変わらないと報告されています。
③追加切除 温存術と同様に、術後の病理結果で断端陽性(切り口に乳がんがある)とされた場合、および将来局所再発した場合は追加切除または全摘術が必要です。
④局所再発後の生存率 温存術と同様に、局所再発してから全摘術をしても、最初から全摘術をしても生存率は同じです。 以上を理解していただければ、傷が目立たず仕上がりの自然な乳房再建が可能になります。皮膚を残して、乳頭・乳輪と乳腺を全摘する方法はSkin Sparing Surgery(皮膚温存乳房切除術)と言います。